心の健康講座(オンデマンド配信)
9月11日~12月11日、心の健康講座についてオンデマンドにて講演動画を配信。早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授/早稲田大学 睡眠研究所 所長
メンタルヘルスと睡眠から考える、職場の健康づくり

西多 昌規 氏
職場における「疲れやすい」「やる気が出ない」といった訴えは、単なる個人の問題ではなく、メンタル不調の早期サインとして捉える必要があります。特に睡眠の問題は、これらの症状の背景にある重要な要因として重要です。
疲労や無気力の背景には、脳神経科学的な変化があります。抑うつ状態では、前頭前野(思考や判断を司る)の機能低下により「考えがまとまらない」感覚が生じ、扁桃体(感情の脳)の過活動により不安やイライラが増強されます。また、海馬の機能低下により集中困難や記憶の問題が現れます。
疲労は身体的疲労、精神的疲労、情動的疲労に分類され、それぞれ異なる対応が必要です。睡眠不足は前頭葉・辺縁系の機能低下を招き、意欲低下や感情調整障害の原因となります。特に「ソーシャルジェットラグ」(平日と休日の生活リズムの差)は、体内時計の乱れを引き起こし、心身の不調につながります。
職場の支援者は、身体面(表情、睡眠状況、食欲の変化)、精神・行動面(注意力低下、遅刻・欠勤の増加)、生活環境・人間関係の変化に注目する必要があります。K6、PHQ―9、アテネ不眠尺度などの簡易スクリーニング指標を活用することで、客観的な評価が可能になります。対応時には「評価せずに聴く」姿勢を保ち、生活習慣の振り返りをサポートし、本人の安心感と改善の手がかりを提供することが求められます。
睡眠は概日リズム(体内時計)と睡眠圧(覚醒時間の蓄積)により制御されています。基本的な睡眠衛生として、毎日同じ時間の就寝・起床、適切な睡眠環境の整備、就寝前のカフェインやスマートフォンの制限、就寝儀式の確立が挙げられます。指導の際は「すべて完璧に実行」ではなく、「できる項目から始める」アプローチを取り、睡眠記録を活用して平日と休日の差や就寝前の過ごし方を客観的に把握することが効果的です。
組織レベルでは、フレックスタイム制の活用、過重労働の抑制、短時間仮眠(パワーナップ)の導入、睡眠に関する教育・啓発の実施が有効です。支援が困難な場合は、専門職との連携をためらわず、精神科医や産業医への相談・紹介の検討に入ります。
睡眠改善は、体調改善→パフォーマンス向上→自信回復→ストレス軽減というポジティブサイクルを生み出します。睡眠は「こころの不調の入り口」であると同時に、支援の出発点となります。睡眠記録による気づきの可視化から始め、実行可能な目標設定を行い、必要に応じて専門職との連携を図ることが重要です。厚生労働省の「働く人の睡眠指針」やe-ヘルスネット、各種アプリなどのリソースを活用しながら、職場全体での継続的な取り組みが、働く人の健康とパフォーマンス向上に直結すると考えられます。


