時評
財政難で組合の重要な役割が失われる
健康保険組合は、事業主とその従業員が共同で設立・運営する公的医療保険となっており、一定規模以上の企業が単独で設立したり、同業種で複数の企業が共同で設立したりする。
日本では、「国民皆保険制度」の下、誰もが何らかの医療保険に加入している。
健保組合は、中小企業が中心として加入する全国健康保険協会に比べ、保険料率を低く設定できるメリットがある。しかしながら、近年、財政難にあえぐ健保組合が多く、全国健康保険協会の保険料率を上回るところが増えている。
支出増大の大きな要因となっているのが、高齢者の医療費を賄うための国へ納める納付金・支援金だ。日本の公的医療保険制度は、現役世代が高齢者医療費の一部を負担する仕組みとなっている。健保組合の保険料収入のうち、半分近くがこれら高齢者医療制度に対する国への拠出金に充てられる。また、少子化対策として、2023年4月から出産育児一時金が8万円増額され、50万円となった。その費用は、一部高齢者にも負担を求めるとしているが、多くは健保組合が負担することとなり、財政圧迫の要因となっている。加えて足元では、岸田政権が掲げる「異次元の少子化対策」の財源を社会保険料で賄おうとする案も浮上した。
健保組合の存在意義は、医療費を支えるだけではない。被保険者および家族の健康を守るとともに、健康増進を図る。さらには、事業所と連携しながら職場環境を整え、ひいては事業所の発展につなげるという重要な役割がある。
高齢者医療対策にせよ、少子化対策にせよ、全国民、全世代で取り組む課題であり、皆で負担を分かち合う手段としては、保険料と税がある。保険料も税も種類は様々であり、全体を見渡し合理的な負担のあり方をきちんと考えていくべきである。
健保組合が都合のいい「財布」になってはいけない。
現在、事業所は健康経営の観点において、従業員(被保険者)を人的資本として健康への配慮も重要視されており、今や健康は事業所の収益に直結する経営課題と位置付けられる。
健保組合に、「健診で異常があったため医療機関を受診してください」と言われても動かなかった従業員も、事業所が受診報告を義務付けたところ、受診率が2割から9割にアップしたという事例がある。これは事業所側が、従業員の健康について積極的に関与する仕組みを整えることが必要であることを示している。従業員が、元気に生き生きと働く環境を提供することが、事業所にとって喫緊の課題であり、健保組合と事業所が積極的に連携することで、より効果的に従業員の健康維持増進を図ることが可能となる。
しかしながら、現在の健保組合は、総保険料収入の半分近くを高齢者医療費のために負担し、財政がひっ迫している。従業員の健康維持増進のために使われる財源は、総収入の5%程度に限られるのが現状だ。もし、財政危機により健保組合の存続が危ぶまれれば、従業員は心身ともに健康な状態で働くことができなくなる。労働生産性も減少し大きな機会損失が発生するなど、「人への投資」がおろそかになるリスクが高まる。
今、制度の抜本的な見直しに、相次いで経済界からも声が上がっている。健保組合と事業所は、連携協力しながら事業所の発展につながる、効果的な保健事業ができるような安定的な財政運営をめざし、事業所と距離が近く従業員、家族の健康維持に主体的に関わる存在としての健保組合を維持発展させることが重要となる。
そのためには、健保組合の努力だけでは限界がある。事業主をはじめとした経済界全体が一体となった、医療費の適正化への取り組みはもとより、高齢者医療制度の抜本的な改革が必須となるであろう。
(Y・M)