広報誌「かけはし」

■2020年7月 No.586
時評

2020年危機

 「ウイルスは遠ざけていますが、患者さんは遠ざけていません 院長」
 かかりつけ医の待合室で見た張り紙だ。新型コロナウイルスとの闘いは、各地の医療機関で続いている。健保組合に続々と届くレセプトは、感染の恐怖の中、行われた治療の結果。医療関係者の努力に、心から感謝したい。
 健保組合も公法人として、懸命に業務を続けてきた。しかし、今後の運営は極めて厳しい。とりわけ懸念されるのは、財政悪化である。
 健保組合を構成する企業は、休業要請や訪日外国人減少などで、業績が著しく落ち込んだ。景気回復の道のりは険しい。国民総生産(GDP)は1〜3月期、2期連続のマイナス。4〜6月期は年率換算で20%程度下落し、リーマン・ショック後(2009年1〜3月期)を上回るとの予測がある。
 これに伴い、従業員の報酬が減らされ、保険料収入が急減する恐れが出てきた。感染の第2波、第3波が来れば、新型コロナの医療費のほか、感染の有無を調べるPCR検査や抗原検査なども含め、保険給付費が急増する可能性がある。
 ただでさえ、健保財政は高齢者医療への拠出金で圧迫されている。健保連大阪連合会によると、2020年度の拠出金は管内164組合の合計で約3734億円と、前年度比2.2%、約81億円増。経常収支は109組合(66.5%)が赤字を計上した。
 戦後のベビーブームで生まれた団塊の世代の一部が後期高齢者になり、拠出金増加が見込まれる2022年より前に危機が迫っている。
 健保連は21年度政府予算概算要求に対する要望で、政府に拠出金負担増がないよう求めた。現役世代に偏った負担構造改革を一刻も早く実現するよう、一層、声を上げていきたい。
 秋から冬にかけ、感染の新たな波が、インフルエンザの流行と同時に押し寄せ、健保組合がさらなる苦境に陥る事態が予想される。その場合、政府には財政支援や拠出金の減免など、弾力的な対応を求めたい。
 個々の健保組合は極めて脆弱(ぜいじゃく)な組織である。業務継続では今後も困難がつきまとう。
 健保連がまとめた「健康保険組合の現勢」(2019年3月末現在)によると、職員数は9人未満が82.1%。このうち3人未満(30%)と5人未満(28.8%)が半数以上を占める。
 政府の緊急事態宣言解除で、街に人が戻った。職員の感染リスクはより高まっている。感染による事務局閉鎖という最悪の事態を防ぐため、交代勤務やテレワークを続けたいが、あまりにもマンパワーが足りない。
 しかも、テレワーク実施にあたり、厚労省が事務連絡(4月6日)で示したような万全のセキュリティー対策を、独力で整備できる健保がどれほどあるだろうか。
 感染症だけでなく、近年は異常気象による水害が頻発、南海トラフなど巨大地震の発生も現実味を増している。
 政府は、非常時でも健保組合に業務継続を求めるなら、ICT(情報通信技術)推進の補助増額が不可欠だ。セキュリティーシステムのモデルを示し、健保の職員が安心してテレワークができる環境づくりを早急に進めてほしい。緊急時には健保連の地方連合会などをサテライトオフィスとし、各組合が事務を共有できるシステムを構築するなど、発想の転換も必要となろう。
 未曽有の危機を迎えた2020年。政府は、各健保組合から様々な課題を聞き取り、対策にあたってもらいたい。机上で考えた事務連絡だけでは、健保も加入者も到底、守れない。
  (S・N)