広報誌「かけはし」

 
■2017年9月 No.552
太るスパイラルから抜け出す行動分析

 7月4日、新梅田研修センターで健康セミナーを開催。大阪市立大学大学院 生活科学研究科 准教授 上田 由喜子氏が「太るスパイラルから抜け出す行動分析」をテーマに講演されました。参加数は、54組合・81人。(以下に講演要旨)

 
 
上田 由喜子 氏
 行動経済学の研究で明らかになってきた「人間の非合理的な行動パターン」は、太っている人に共通の思考・行動パターンを明解に示唆している。太っている人は、「太ることのリスクを冷静に見極め避けよう」と考える合理的な行動に対して、実際は「つい食べてしまう、飲んでしまう」という非合理な行動をとる。つまり、行動の不一致を繰り返す「太るスパイラル」にはまってしまい、抜け出すことができないのである。
 行動経済学とは、人間行動の実際とその原因、経済社会に及ぼす影響および人々の行動をコントロールすることを目的とし、体系的に究明することを目指す学際的な学問である。行動経済学では、人の行動に至る意思決定の過程には二つの機能が共存し、その機能の一つ(システム1)は、直感に近い判断や感情的な判断を司り、もう一方(システム2)は、論理的思考に基づいた判断がなされると考えられている。しばしば、直感は理性に勝るが、行動変容の取り組みで用いられる行動科学理論のほとんどは、人は事前に考えてから行動や判断をすると考えられている。この視点からのアプローチのみでは、社会経済的状況のよい人たちにしか効果がない可能性があり、それは健康格差を広げることにもなり限界が生じる。人の行動を変えるためには、思考と共存する感情に訴えかけるアプローチも取り入れ、より健康的な食習慣・生活習慣へと行動変容を促す必要がある。
 ここで、なぜ行動の不一致を繰り返し、太るスパイラルから抜け出せないのか、行動経済学から分析すると、主に3つの理論が当てはまる。一つは、過去に支払い、もう返ってくることのないお金(「サンクコスト」)を回収できると思い込んで、食べ放題・飲み放題で元をとろうと思い、合理的でない行動をとる。二つ目は、どのような生活をすれば何パーセントの確率で発病するか正確にはわからないため、食べ過ぎ・飲み過ぎによって病気になるということが現実味に欠ける。つまり、病気になる確率は高いのに、現状を参照点とし過小評価(「確率加重」)するのである。三番目は、将来の大きな利得(健康な体)よりも目先の小さな利得(ビールを飲む、夜食を食べる)を選んでしまい、近視眼的な心(「時間割引率、時間選好」)から、結局ずるずると先延ばしにしてしまうのである。
 健康日本21(第二次)では、個人の生活の質の向上と社会環境の質の向上の両面から、健康寿命の延伸および健康格差の縮小を実現しようとしている。その社会全体の動きを作る手法として、行動経済学者リチャード・セイラーは「ナッジ」という言葉を頻繁に用いている。ナッジとは、誘惑に耐える、あるいは選択の禁止ではなく、よりよい判断や行動を促す仕掛け作りのことである。*「初期値効果」のねらいは、まさにナッジとして働き、小さな変化が社会全体に大きな成果を生み出すポピュレーションアプローチの思わぬ戦略としてブレイクするかもしれない。

最初の状態をそのまま受け入れる傾向にあるという人間の特性

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