広報誌「かけはし」

■2016年6月 No.537
時評

健保改革 保険者全体に目配りを

― 今年度改正に思う ―


 この4月は制度改正が多く、組合会の資料作りや加入事業所への説明に追われた。関心の的は短時間労働者の健保加入などだったが、加入者への影響を検討していて、意外なに遭遇した。
 傷病手当金の基礎となる標準報酬月額を過去1年の平均とすることへの改定である。申請前に報酬月額を意図的に引き上げ、多くの手当金を得る不正が一部で相次いだことへの対策と聞くが、実際の企業人事に照らすと、なんともおかしな現象が起きてしまう。
 報酬が変動するのは不正だけではない。例えば、昇格や非正規雇用の正社員登用など。1年以内に手当金を申請すると、以前の賃金に引きずられ、手当金は改正前よりも下がってしまう。
 逆のパターンでは極端な例もある。多くの企業が制度を採用している定年後再雇用のケースだ。
 厚労省の調査によると、65歳までの雇用義務化により、約8割の企業が雇用形態の変更を伴う再雇用制度を選択した。その際に賃金が3割以上減少する企業は半数を超え、減少幅は大企業ほど広がる傾向にある。
 再雇用に移行後1年以内に手当金を申請した場合を想定すると、申請時の報酬は同じでも、定年前の賃金が高いほど、また移行後早い時期に申請したほど手当金は多くなる。1年半の受給総額を試算すると、本来の賃金より数十万から数百万円単位で手当金が上回るケースもあるから驚く。
 結婚などで正社員が雇用形態を変更して働き続ける場合にも賃金との逆転現象が起こりえる。申請時の報酬月額を上限とするなどは考えられなかったのだろうか。
 制度改正が目的とは別のところに強い副作用を及ぼす典型は、多くの健保関係者が指摘してきた前期高齢者納付金の仕組みだろう。最大の問題は、高度の医療を受けた人がどの年代に属するかという偶発的な要素により健保財政が億単位で左右される点だ。
 しかも、そのブレが新たな治療法や新薬の開発という歓迎すべき事象で拡大するのはどうしたものか。例えば、今年度の薬価引き下げの対象となったC型肝炎の新薬の場合。改定前の1錠の薬価は6万円超で、医療費は12週間の治療で総額546万円にも達する。
 画期的な新薬は患者の最大の朗報だが、それが65歳以上75歳未満の前期高齢者だと、健保には別の意味を持ってしまう。前期高齢者の加入率が低い健保の場合、患者1人の医療費が数千万円もの納付金に跳ね返り、財政状況によっては料率改定につながることもある。
 ゲノム創薬などにより高額な医薬品は今後も増えていくだろう。医師が最良の治療を選択するのは当然だし、健保が個人でまかなえない高度な医療を受けられるようにするのも本来の役割である。患者の朗報が他の加入者の負担増に結びつくという現実はやりきれない。
 「木を見て森を見ず」ということわざがある。今の健康保険制度を見ていると、高齢化による医療費の増大という目前の大きな課題にとらわれる余り、全体への目配りを欠くものに変質しているように思えてならない。
 参院選を前に、来春に予定された消費税の引き上げ延期が打ち出されたが、危機的な状況にある医療保険制度の改革は待ったなしだ。木を見て森も見て、すべての保険者が受け入れられる制度の構築へ向けて、議論の歩みを止めるわけにはいかない。
  (K・F)