■2013年10月 No.505
社会保障改革 政権に問われる真価
− オレンジを受けとめよ −
買い物袋を抱えた若い女性が車後部のハッチを開けると、色鮮やかなオレンジが坂道にこぼれ落ちる。女性が呆然としていると、近所の人たちが駆け寄り、勢いよく転がってくる無数のオレンジを次々に受けとめる……。
この春から、テレビで流れている大手生保会社のCMは印象的で、よくできている。オレンジは契約者のことなのだが、見る度に、別のイメージを重ねてしまう。
「バブルってどんな時代でした? いい時代でしたか」。健保事務局を訪ねてきたM君に、唐突に聞かれた。「1万円札のチップをひらつかせ、タクシーを拾う人もいたね」。模範解答が見つからず、そう答えてしまった。
「昭和」から「平成」へ移りゆく1988年にM君は生まれた。翌年、消費税(3%)が導入され、2年ほどしてバブルが崩壊。日本は「失われた20年」にはまり込む。
「ゆとり教育」の世代。高度成長もバブルも知らずに育ち、20歳でリーマン・ショックが起きる。厳しい就職活動は何とか乗り切ったが、非正規雇用のままの友人もいる。
いまは「騎馬戦」の担ぎ手。だが、老後はたった1人の「肩車」に乗ることになりそうだ。高齢者の医療費も自分たちの健康保険料から差し出している。年金の保険料を払い続けても、受給開始は夏の日の逃げ水≠フように遠のくかもしれない。
総務省によると、90年2月の第39回衆院選の投票率は20〜24歳が52.85%、25〜29歳が62.80%。それが昨年12月の第46回では、それぞれ35.30%と40.25%にまで落ち込んだ。
投票率低迷の背後から若者の政治への不信がのぞく。7月の参院選のことを問うと、M君も「投票には行きましたけど」と苦笑いした。
社会保障制度改革国民会議の報告書は、健保組合が国民皆保険の維持に果たしてきた役割や拠出負担にあえぐ現状に、触れていない。それでいて当然のように、後期高齢者支援金などに全面総報酬割導入を提言した。
ただ、「財源は、後代につけ回しすることなく、現在の世代で確保できるようにする」と、消費税収の確保、能力に応じた負担に踏み込んだのは前進だろう。若者の「将来への不安を安心と希望に変えることこそが、社会保障の役割であり、本質」とも明記している。
オレンジに重なるのは、負担と受益のバランスが崩れ、疲弊していく若者だ。これまで政治は十分に手を差し伸べて来なかったが、改善のきざしはうかがえる。それを確かなものにして、どこかで受けとめないと、オレンジは坂を転がり続ける。
報告書は、にわかに承服しがたい内容も含んでいる。だが、若者の未来に責任を持とうという姿勢には共感できる。
東京五輪・パラリンピックの開催決定には国中がわいた。現政権への期待は高い。ただ、この改革は勢いに乗って一気に進めるのではなく、内容を咀嚼(そしゃく)し、広く合意形成に努めるべきだ。真価が問われるのは五輪招致や経済だけではない。
(S・A)