■2013年2月 No.497
「ワニの口」を閉じよ
− 社会保障改革には気概を −
深く大きく裂けた口に鋭い歯が並んでいる。2012年暮、自民党が政権に復帰した衆院選挙の期間中、ある新聞で目にした凶暴な横顔が頭から離れない。国の歳出を上あご、税収を下あごに見立て、国の財政不均衡を表したグラフ。なるほど「ワニの口」とは、よくいったものである。
歳出は拡大し続け、税収はバブル経済崩壊後の1990年を境に減少する。そのすき間を、政府は国債で埋めてきた。2012年度一般会計予算で歳出約90兆円に対し、税収は約42兆円。国債発行額は税収を超えている。
この口に飲み込まれたものの一つに健保組合がある。少子高齢化が進むなか、国の財源不足を補うため、08年度から高齢者医療制度への拠出が始まった。以後、大半の健保は急激に財政が悪化。保健事業が制約され、解散に歯止めがかからない。
高齢世代を現役世代が支えることは理念として理解できる。だが、存続問題にまで及ぶ現状は明らかに度が過ぎていよう。自主、自立で保健事業を工夫し、被保険者と家族の健康を守ってきた健保は、あるべき姿を失いかけている。
少子高齢化は社会を様変わりさせてきた。国立社会保障・人口問題研究所によると、高齢化と医療の高度化で、国の社会保障給付費の「医療」は年々増え、10年度は32兆3312億円に達し、前年度を1兆4865億円(4.8%)上回った。
一方、人口は減り続けており、出生数は1973年に209万人だったが、2012年は過去最少の103万人余り(推計)に半減した。
このままでは、50年には高齢者1人を1.2人の現役世代が支える「肩車」型社会となる。社会保障制度を持続させるには、新たな財源が必要―というのが、社会保障・税一体改革の主眼だ。
少子高齢化と社会保障は、いまや先進国共通の課題である。「社会保障制度改革国民会議」がまとめる改革で、これを克服し、持続可能な制度を築けば、この分野で主導的な役割を果たせる。急場しのぎではなく、最先端を行くわが国にしか思いつかない方策を世界に示すという〈気概〉が必要だろう。
さて、新政権である。"敵失"による消去法的選択ともされるが、国民は希望を託し、株価は上昇した。安倍晋三・首相も積極的な経済政策を次々と打ち出している。
景気が回復すれば企業活動は活発になり、税収は中長期的に増えて安定する。首相の掲げるデフレ脱却も円高是正も「ワニ」の下あごを持ち上げる努力だろう。その積極性に期待したい。
「ワニの口」が飲み込んでいるのは、この国の未来だ。一刻も早く、その口を閉じよう。そして、その喉元から、例えば社会保障という世代を超えた〈安心〉を、また、健保のあるべき姿を取り戻そう。「待ったなし」の難題に、新政権は真っ向から取り組んでほしい。
総選挙で国民が託したのは、もう一つ、消費増税の痛みに向き合う〈覚悟〉だったと受け止めたい。今度は新政権が〈気概〉を示す番である。
(S・A)