広報誌「かけはし」

■2012年1月 No.484

 
 
糖尿病とその合併症を防ぐ

− 最新の研究成果からみえてきたこと −

 12月15日、薬業年金会館で健康セミナーを開催。大阪市立大学大学院 医学研究科 絵本正憲准教授(代謝内分泌病態内科学)が「糖尿病とその合併症を防ぐ―最新の研究成果からみえてきたこと―」をテーマに講演されました。(以下に講演要旨)
 
 
絵本 正憲 氏
 わが国の糖尿病実態調査によると、2007年には糖尿病が強く疑われる人は890万人、その予備群は1320万人と報告されています。さらに、60歳以上の高齢者では、男性22.1%、女性では14.1%であり、高齢者の増加もあいまって、ますます増加の一途をたどっています。糖尿病は血糖値が高くなる疾患で、高血糖が高度になると、口渇、多飲、多尿、体重減少などの症状がでますが、多くの場合は自覚症状に乏しく、高血糖が慢性的に長期間潜在するのが特徴です。長期間の慢性高血糖が持続することにより、糖尿病に特徴的な3つの合併症(細小血管症といいます)―腎症、網膜症、神経障害―を生じます。これらは、各臓器の比較的細い血管による循環障害を引き起こすことにより、本来の臓器の機能不全に陥り、尿毒症、失明、足壊疽(えそ)などをきたし、著しくQOL(生活の質)を損ねます。また、糖尿病は比較的太い血管の動脈硬化を悪化させ、冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)、脳卒中、下肢閉塞性動脈硬化症を2〜5倍の高頻度に合併します。糖尿病ではこれらの動脈硬化の病変部位が、糖尿病でない人に比べて重篤な病変が多く、治療抵抗性であることから主要な死亡原因にもなっています。
 1990年代以降の大規模な臨床研究により、1型および2型糖尿病のいずれも、経口血糖降下薬やインスリン治療を用いて、長期間よりよい血糖コントロールを維持することにより、細小血管症の発症や悪化を大幅に減少させることが明らかとなっています。現在の糖尿病治療の目標値であるHbA1c 値(1〜2カ月の血糖値の平均値で、健常者は5.8%未満)6.5%未満は、これらの大規模な臨床研究の成果から得られたものであり、現在の糖尿病診療の中心となっています。2003年には、血糖値に加えて、血圧、コレステロール値の3つに対して薬物療法を行い良好にコントロールすることにより、心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化疾患死を約50%減少させることも知られるようになりました。一方、2008年には、多数の薬物を用いて急速に血糖コントロールを行うと、低血糖、体重増加などが著しくなり、合併症の多い人や罹病期間の長い人では治療が逆効果であることも明らかとなりました。現在では、個々の病状に合わせた治療法の選択による血糖コントロールが重要であると考えられるようになっています。
 最近の糖尿病の治療法も確実に進歩しています。治療手段の一助として、5分ごとの24時間連続した血糖値を3日間モニターする持続血糖モニターシステム(CGM)が専門医のもとで使用されるようになり、不安定な血糖状態のインスリン治療などに応用されています。また、新しい糖尿病治療薬として、インクレチン関連薬が2009年末からわが国においても使用されるようになりました。インクレチンは、経口血糖降下薬であるDPP―4阻害薬と皮下注射薬であるGLP―1受容体作動薬の2種類があります。いずれも、単独の治療法では低血糖や体重増加がなく、膵臓のインスリン分泌機能を保持する作用が期待されています。従来の治療薬と薬物の作用機序がまったく異なることから併用可能であり、これまでの薬物治療のスタンダードを大きく変換させようとしています。
 しかしながら、これらの新しい検査や薬物を用いても、約75%の人は、合併症の予防を期待できる十分に良好な血糖コントロールが得られていないとの成績もあります。最新のCGMの検査成績からは、血糖値の状態は生活習慣により大きく変動することがグラフとなって示されます。糖尿病治療の基本である食事療法や運動療法は、個々の患者さん自身が取り組める治療法であると同時に、最も効果の大きいものであることを、改めて最新ツールは教えてくれており、その成果をうまく活かせるか否かは私たち自身にかかっているといえるでしょう。