広報誌「かけはし」
 
■2007年4月 No.427

 
疲労と慢性疲労症候群
 

 平成18年12月14日、薬業年金会館で心の健康講座を開催し、㈶日本生命済生会附属日生病院神経科・精神科副部長高橋励氏が「疲労と慢性疲労症候群」をテーマに講演されました。

 
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高橋 励氏

 1999年に国立公衆衛生院の蓑輪・谷畑により疲労の実態調査が行われ、一般住民の6割が現在あるいは過去1年間に疲労を感じていることがわかりました。全住民の250人に1人が明らかな病気ではないのに疲労のため休職・退職しており、作業量低下を含めなんらかの障害のあるものはこの20倍にも達すると推計されました。
 疲労とは具体的に何を指すのでしょうか。米国のネーテルソンによると疲労は「広範、主観的、非特異的」で、「出現率が一定しにくく」、「複合的な因子を内包した」捉えにくい概念です。そこで疲労を評価する質問紙をみてみます。勤労者用の「自覚症状しらべ」(日本産業衛生学会産業疲労研究会)、勤労者以外にも対応する「青年用疲労自覚症状尺度」では、疲労を構成する因子として、ねむけ、だるさ、集中思考困難、活力低下、意欲低下、身体違和感などが挙げられています。米国疾病予防管理センターが疲労診療での使用を推奨する尺度では、このうち不快な身体感覚といえる「だるさ」を欠きますが、複数の尺度間で疲労の構成因子はかなり似ており、疲労は自覚症状の面からみると「覚醒水準の低下」、「処理能力およびエネルギー感の低下」、「(痛みや重さなど)不快な身体感覚の増幅」などの群に分けられるとまとめられそうです。
 かぜをひいたときに発熱と疲労感が生じうるように、疲労感は病気の警告信号でもあります。もしもあなたが長期間にわたり前述のような疲労を感じ、休息をとり栄養を補っても改善しない場合、内科や外科を受診されるでしょうが、悪性腫瘍、自己免疫疾患、感染症、慢性炎症性疾患、神経筋疾患、内分泌疾患、その他呼吸器、心臓、消化器、肝臓、腎臓、血液などの慢性疾患などの検査がされるでしょう。
 身体科で診断がつかない場合や、身体疾患を心理・社会的ストレスが悪化させている場合に、神経科・精神科の受診を勧められることがあります。軽症のうつ病や、パニック障害などの不安障害、心身症・軽い身体表現性障害では、精神症状や心理・社会的問題が目立たず疲労が前景となることがあります。これらは昨今受診に抵抗が少なくなり外来で治療されることが増えています。
 しかし身体科では診断がつかず、精神科医が診察しても心理・社会的問題と疲労の関係がなかなか明らかでない場合があります。慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome.CFS)は、それまで健康に生活していた人が多くは上気道炎症状に引き続いて激しい疲労感におそわれ、長期にわたり健全な社会生活が送れなくなる原因不明の疾患で、一般臨床検査で異常は認められず、明らかな精神疾患とも診断されないことが多くみられます。
 CFS、そして病的疲労は独立した疾患や病態であることが確立するのでしょうか?わが国では疲労の生物学的研究が進んでいます。倉恒・渡辺・近藤らはCFSにおいて脳内の神経細胞を再成させるアセチルカルニチン代謝異常や、ヘルペスウイルスの異常潜伏感染を見出し、これらを副腎ホルモンの異常、免疫と関係のある蛋白質で細胞の増殖を抑制するサイトカインTGF─β・インターフェロンの異常産生、抗ウイルス機能の低下などの特異な状態が介在するという、魅力に富んだ病態仮説を発表しています。精神生理学の分野では反応時間課題、活動量測定、睡眠、覚醒リズム解析などの研究が行われ、疲労という現象の独自の特徴が見出されてきました。一方CFSの診療では、患者さんの自覚症状を解析すると典型的精神疾患とは異なる自覚症状が連続してみられます。CFSに対して伝統的な精神科診断・治療や、認知行動療法と運動療法などの試みを行い、その結果CFSと精神疾患との間に複雑な関係があることがわかってきました。
 主に脳科学的な手法により、病的疲労やCFSはかなり実体的な現象として捉えられるようになりました。将来的には一応標準化された計測法により、重症度や治療効果の判定が可能になると予想されます。しかし、CFSと精神疾患の関係や、より根源的な問題である疲労と精神・神経機能の関係についてはまだ課題が山積しており、正しい疲労診療が行われていくためにはさらなる作業仮説が必要です。