広報誌「かけはし」
2001年2月25日 No.353
保健婦の研修会
   「保健婦研修会」を1月24日、健保連大阪中央病院で開催した。第1部では保健婦(6グループ)による「精神保健・事例グループワーク」とそれについての評価、第2部ではグループワークにも参加、解説を行った、前久保クリニック(心療内科・精神科)の前久保邦昭氏が「メンタルヘルスにおける初期対応―事例から学ぶ―」と題した講演を行った。
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メンタルヘルスにおける初期対応
−自事例から学ぶ−

 
●メンタル面での企業配慮義務
 
 メンタルヘルスに関して企業も大きな関心を持つようになってきています。その大きなきっかけとなったのが、いわゆる電通事件の2000年最高裁判決で、「業務に直接起因する健康障害を起こさないように配慮する」から「業務に直接起因しているとはいえないが、業務と密接な関係を有する健康障害」へと、企業の安全配慮義務は拡大しました。しかしその問題点として1安全配慮義務とプライバシー保護、人権侵害等他の配慮義務との相克、2労働形態の多様化による画一的対応困難、情報の共有化の問題など、安全配慮義務を十分果たせ得るか、が挙げられます。
前久保 邦昭 氏
   その対応として、1メンタルヘルス教育、2メンタルな面での健康管理強化、3産業医機能強化と明確化、4メンタルな視点を明確化した就業規則の策定をはじめとする人事労務など、リスク管理の視点を導入する事が必要です。保健婦の場合厚生福利と同時に人事にもかかわる難しい立場にあるといえます。
 昭和63年のTHP(トータルヘルスプロモーションプラン、メンタルヘルス)、平成4年の快適職場、平成11年のセクハラ防条例(男女雇用機会均等法)などの「行政の動向(労働省)」、「ストレス社会」、健保組合の医療費膨張など「医療経済危機」、「労務管理」(仕事ストレスによる自殺)、「人事評価」(個人のメンタル面の妥当評価が必要)などからも職場のメンタルヘルスケアの必要性はいわれています。なかでも管理管理者をターゲットとしたメンタルヘルスは重要といえます。
 近年45歳以上の管理者の自殺が急増、またストレス関連疾病は部下の数倍にものぼっているのです。
●ストレスから心身症、うつ病へ
   ストレスとは「心の葛藤」で、正反対の思いが心の中でぶつかっている状態です。ストレスにかかると最初になるのが「心身症」で、その症状は、目(眼精疲労、視力低下、まぶたのけいれん)、頭(頭痛、円形脱毛症)、耳(耳なり、めまい)、筋肉や骨(腰痛、肩こり)、皮膚(多汗、湿疹、じんま疹)のほか、口、肺、肝臓、膀胱、心臓、循環器、消化器、内分泌系、生殖器にもさまざまな症状が出てきますが、ストレスに関係しているこれらの症状については、薬はなかなか効かず、繰り返すことが多いのです。
 さらにストレスが強まると心身症からうつ病になりますが、状況によって「五月病」「ピーターパン症候群」「昇進うつ病」「ほほえみうつ病」「燃えつき症候群」とさまざまな名前が付けられています。
 医学的に分類すると、心身症、仮面うつ病、うつ病(軽症・中等症・重症)、神経症、心気症、心因反応、PTSD、アルコール依存症は「心因性」。痴呆やてんかん、アルコール中毒は「器質性」、躁うつ病、精神分裂病、非定型精神病は「内因性」で、心因性の場合、心に原因があり落ち込むわけですから、まずそれを取り除くこと。そして2次的に薬を使用します。
 実際の職場では軽症うつ病が圧倒的に多いですが、最初の相談で「仕事(家事)ができない」などの中等症なら、自殺の危険性のある重症になる前に専門医につなげる必要があります。
 重症うつ病の場合、完全に職場不適応の範囲ですからすぐに休養が必要となります。その期間は3ヵ月がひとつの目安で、職場復帰後も約2年間は薬を使用します。
  メンタルな問題はプライバシーをはじめ、デリケートな部分が多くありますが、「誰にでもあり得ることであり、特別なことでない」という理解と知識が必要です。そのためにも社内における教育と情報の発信は今後ますます重要だといえます。
 
参加者と対話しながら…
●普段のコミュニケーションと信頼が大切
   抽象的な情報から結果を出すには経験が必要です。心身の影響が出現している場合は専門医の情報が不可欠ですから、ある程度協力的な医師とコンタクトをとり、ルートを作っておくことです。
 自らが相談にくる場合には、初回から的を得た対応をすべきであり、そうでない者にはCグループがいったように正常範囲内からのライトな質問・対応をすることが大切です。事例1・2に共通しているのは自分では相談に行きたくないケースであることです。この場合、相談をする側と受ける側とのコミュニケーション、信頼関係が普段からどの程度あるかが重要になります。 
 ケース1に対しAグループより専門医とつなげる難しさの発表がありました。例えば、相談者が相談室に行って、気持ちが楽になったとすると、毎日行くようになります。相談を受けた側は途中で止めるわけにいかないから最後まで付き合わなければならない。相談者によっては休日も話を聞いて欲しいと要求してくることがあり相談を受ける者の時間が制限されてきます。
 
そういう状況で相談を受ける者は継続的に支えていくのは難しくなってきますから、相談を受ける側は受容的に情報を聞き把握し、専門医に紹介するという流れになります。相談者は自分で客観的に判断できないので、受ける側はある程度、専門医を具体的にプッシュすることが必要です。
 本人に判断能力がない場合は、保護者の判断が必要になりますが、その場合、本人に家族に聞く旨を了解してもらうこと、そしてそれを記録に残す事です。
   ケース2は恐る恐るアプローチするケースです。拒食症の人は体重の事に触れられるのを嫌がります。このような場合、継続して支えてくると依存状態になり切り離せなくなります。ですからあくまで仕事上の関係として線を引き専門家につなげる方が安全です。
 面接時には目線を同じ高さに下げて一緒に考えること、聞いた情報は相談者の立場で処理すること。また身体的な異常性をはっきりさせてから医療に呼ぶ方がよいでしょう。そしてFグループからの発表にもあったように面接を繰り返すことが必要です。次回面接日の設定は、ふらつき等が出る30sを切る前を目安にしてください。     またこの場合、他の病因も考えられるので、内科的な精査をいちどする事も必要です。
   
  2つの事例に基づいたグループワーク  

26歳 男性 製造会社技術開発 入社3年目
家族構成 父、母、妻(妊娠中)

 某年4月、企画開発部に配転。仕事内容が新しくなった上に、期限に追われる仕事に忙殺。上司も忙しく質問に十分答えてもらえず焦って気持ちが動転、しだいに自信喪失し追い詰められた気持ちになっていった。2ヵ月間で休みをとったのは1日だけ、帰宅は毎日深夜になり徹夜も1、2回ではなかった。
 11月中旬、後頭部痛出現。12月中旬、風邪症状、胃痛、下痢が出現し近医を受診、風邪薬と頭痛薬、下痢止めを処方された。
 正月休み後の1月12日になっても頭痛、下痢は軽減せず、さらに「両手のしびれ感、易疲労感、食欲不振、不眠、仕事に集中できない」などの症状が出現、上司が休むよう数回注意した。薬が効かないと、他医を受診したが症状は改善しなかった。家族が仕事を休むよう言っても「仕事を休むわけにはいかない、迷惑をかけるんだったら退職した方がよい」と頑張り続けた。
 ある日、会議中質問に答えられず泣き出したため、上司にとにかく社内の健康管理室に相談に行くよう指示された。

 A・B・C各グループ(以下G)から、本人との面談に際しては、事前に上司をはじめ周囲からの情報収集は必要であるとの共通した意見が出された。さらにCGからは、面談時には周囲の評価による先入観を持たないようにとの注意事項が出た。事例に対する共通課題として、「当人が安心して休める環境をつくり出すことが最優先」(AG)である。「上司や家人など周囲の人の協力を得られるよう、働きかけをすることも必要」(BG)。「面談前に検診データをチェックし身体的に問題がないことを確認すること」、「精神疾患の病識など、周囲への理解を働きかける」、「定期的なフォローが必要」(CG)などの意見が出された。


35歳 女性 事務職

問診チェック項目 現在健康と思う。食欲の変化なし。1日3食。
飲酒(−)。喫煙(−)。睡眠時間6〜7時間。月経順調。
98年/149p、44.5s、BMI20、99年/149p、45s、BMI20.3、
00年/149p、34.5s、BMI15.5。
「定期健康診断後の保健指導における面接」
 急激な体重減少による「やせ」のケースを、定期健康診断後の保健指導対象者としてピックアップした。
 初回面接時、検診データに基づいて保健指導を進めていく中で看護職として次のような印象を受けた。
「看護職が対象者から受けた印象」
元気がない。(視線があまり合わない。下ばかり向いている。声が極端に小さい。問いかけに対して答えるまでに時間がかかる。字を書いてもらうと小さく筆圧のない字。)
元気がないと思われたくないのではないか。(「しんどいの?」「食事はおいしく食べていますか」の問いに対して、自分は元気であることをアピールするように、この時だけ視線を合わせ、きっぱりとポジティブな返答をする。)
 面談を行うにあたって、「うつまたは甲状腺の病気など他の原因も考えられるため、やせの原因は拒食症であるというイメージから入ってはいけない」(D・FG)、「食事の摂取量等の記載がなく、内容が抽象的すぎるので問診の方法を見直す必要がある」(E・FG)などの見識が発表された。さらにEGより初回面接の反省点として、事前の情報収集が不足しているのではという指摘がされた。事例の場合、「面接を重ねてじっくり対応する必要があり、次回につなげる面接技法を工夫すべきである」との共通課題が出された。