広報誌「かけはし」
2000年7月25日 No.346
なるほどタバコ学
   
  ●第2回「タバコの本質を知ろう」
  (財)大阪がん予防検診センター 調査部長 中村 正和
  今回はタバコの正体についてお話しします。タバコには2つの正体があります。第1の正体は、人をとりこにする依存性薬物という正体です。タバコはアルコールや覚醒剤などの他の薬物に比べて急性の薬理効果や離脱症状(いわゆる禁断症状)が目立たないので、感覚的に薬物依存ととらえにくいかもしれません。しかし、近年の多くの研究の結果、ニコチンが依存症を引き起こすことがわかってきました。ニコチンは、本来人間の体の中にあって、大脳や自律神経系の神経伝達物質として重要な働きをしています。
 しかし、喫煙によって体内に入ったニコチンは、「寄生虫」のように脳に化学的に「感染」して、脳の構造的変化をひき起こし、タバコを吸ってニコチンを補給しないと本来の正常な機能が営めない状態にしてしまうのです(図1)。
 では、喫煙習慣の本質がニコチン依存症であることを物語るデータをご紹介しましょう。それは、最近流行している軽いタバコに切り換えた場合の話です。タバコを吸っている方の血液中のニコチン濃度は、その人の依存の程度に応じて、大体決まっています。もし、ニコチンの少ないタバコに切り換えた場合、ニコチン血中濃度を常に自分に合ったレベルに維持しようとする「自己調節機能」が働き、無意識のうちに吸う本数が増えたり、吸うピッチが早くなったり、深く吸い込んだり、タバコの根元まで吸うようになってしまいます。
グラフ
その結果、ニコチンやタールなどの有害成分の体内への取り込みが期待したほど低下しません。さらに、困ったことに、一酸化炭素の取り込みは本数や吸うピッチなどに比例して増加するため、むしろ軽いタバコの方が増加する危険があります(図2)。そのため、狭心症や心筋梗塞といった心臓病を起こす危険がかえって増加することになりかねないのです。軽いタバコは「健康への害が少ない安全なタバコ」という図式には大きな落とし穴があるのです。
ニコチン依存症
Aspinall著「KICKBUTT:Nicotine Cossation Program」1997より引用
図1.喫煙習慣の本質はニコチン依存症
 タバコの第2の正体は、深刻な健康被害をもたらす「毒物の缶詰」という正体です。タバコの煙の中には、約4、000種類以上の化学物質が含まれており、このうち200種類以上が有害物質とされています。代表的な有害物質には、ニコチン、一酸化炭素、タールに含まれる約40種類の発がん物質、アンモニアやシアン化水素などの刺激性ガスがあります。そのほか、タバコの煙の中には、大気汚染の原因物質である窒素酸化物(NOx)、イタイイタイ病の原因となったカドミウム化合物、シックハウス症候群で問題となっているホルムアルデヒド、和歌山で問題となった砒素をはじめ、最近、汚染が深刻な問題となってきているダイオキシンも含まれています。
わが国では、ダイオキシン類の90%はゴミ焼却や金属精錬で発生しています。タバコの煙に由来するダイオキシンの占める割合は0・3%にすぎませんが、身近な発生源としては最も高い発生量であり、ゴミ焼却の煙とタバコの煙の中のダイオキシン濃度を比較すると、タバコの煙の方が3倍以上高いことが報告されています。
 わが国でタバコは450年以上の長い歴史の中で使用されてきましたが、もし、現代社会にタバコ製品が初めて登場したとすれば…? おそらく、タバコに含まれる約200種類の有害成分のために、そして、タバコ製品を適正に使用した人の半数が早死するという有害性の事実のために、毒物を取り締まる法律や製造物責任を問う法律によって規制され、とても販売できない製品と言えるでしょう。