心の健康講座
11月20日、心の健康講座を開催。甲南大学 知能情報学部 知能情報学科 准教授
※本講演の動画は12月4日~3月4日までオンデマンドにて配信
ストレスフルな現代社会を乗り越える「快眠術」
~ストレスは生命を脅かし、睡眠は健康をもたらす!~

前田 多章 氏
我々の脳や身体は、それぞれの異なる速さの時計を持っており、通常は脳にある視交叉上核(マスタークロックと言われる)で、約25時間周期としてまとめられている。これを生物時計といい、この25時間周期をサーカディアンリズムという。通常、適切な刺激がないと約25時間の周期で1日を過ごす(フリーラン)が、日中の光刺激(460~470nmの波長成分を含む)、食事(特に夜間の絶食後の朝食)、運動などの刺激を受けると、地球上の時間である24時間周期に同調する。そして、我々はサーカディアンリズムに従って分泌されるホルモンと、睡眠覚醒リズムに従って分泌されるホルモンの連携によって、健常な発育発達や健康が維持されている。サーカディアンリズムに従って分泌されるホルモンは、メラトニン、コルチゾールなどである。メラトニンは、我々を入眠や深い睡眠へ誘導する重要な働きを持っている。睡眠覚醒リズムによって分泌されるホルモンは、成長ホルモン、プロラクチンなどである。成長ホルモンは、身体の健常な発育発達や心身の修復に重要な働きをする。もし、これら2つのリズムが乱れるなどして分泌タイミングがずれると、様々な疾患や体調不良を来す。例えば、成長ホルモンは上述のとおり睡眠覚醒リズムに従って睡眠中に分泌される(「寝る子は育つ」は事実である)が、加えてメラトニンにより分泌がより促進される特性があるため、メラトニンが分泌される夜に睡眠をとらないと、成長ホルモンの分泌が不十分となり、健康が維持できないことになる。
さて、睡眠や健康に欠かせないメラトニンは、通常、朝食時に摂取した必須アミノ酸であるトリプトファンが、日中の太陽光によりセロトニン(「幸福ホルモン」と呼ばれ、多幸感を誘発する)に変換され、夕刻の低照度の(青色光がない)により生合成される。そして、サーカディアンリズムに従って習慣的就床時刻の2時間~1時間半前から深夜3時ごろまで分泌される。現代社会のような夜型生活では、メラトニンが分泌されなくなり、睡眠の質が下がり、成長ホルモンの分泌が不十分となる。ここ30年間で夜更かしする子どもが約3倍にもなっている。また、成人では80%の人が睡眠不足を感じており、国民の5人に1人が不眠症とされる。また、正しい睡眠がとれないと、乳幼児期では脳や身体が健常に発達できず、成人では、糖尿病、心血管疾患、うつ病、肥満、骨粗しょう症などの発症リスクが非常に高まる。
現代社会人は慢性的にストレスに晒されており、これにより脳や身体は慢性的に成人病状態となっている。睡眠は、このストレス反応を改善する効果を持っている。一方で、1年以上不眠が続くとうつ病になるリスクが40倍になる。自殺はうつ病、もしくはうつ状態を前段階とすることから、良質の睡眠を取り戻し、ストレスへの抵抗性を上げ、心身ともに健康に暮らしていくことが求められる。
良質の睡眠を手に入れるには、規則正しい朝の起床、夜間6時間以上の絶食と、タンパク質を多く含む朝食の摂取、日中の日光浴、適度な運動、夜間の低照度環境が重要であり、これに加えて、適切な昼寝により午後の脳の疲労を回復させることが求められる。これにより、サーカディアンリズムに従って分泌されるホルモンと睡眠覚醒リズムに従って分泌されるホルモンが連携し、日々のストレスを乗り越え、健常な成長、健康の維持、正常な老化が期待できる。