広報誌「かけはし」
 
2004年7月 No.394
生活習慣病と遺伝子
 
 「生活習慣病と遺伝子」と題し、健保連大阪中央病院女性総合外来部長兼栄養部部長の中川智左氏による健康セミナーが6月16日、健保連大阪中央病院で実施されました。

中川智左氏

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   ◆生活習慣病の原因は生活習慣と遺伝子
   生活習慣病とは食習慣、運動習慣、飲酒、喫煙、休養などの日常の生活習慣が発症や進行に関与する症候群を指す行政用語で、代表的なものとして糖尿病、肥満症、高血圧、高脂血症などがあげられます。これらの病気は最近数十年間で著しく増加して大きな社会問題となっていますが、その根底には食生活の欧米化に伴う脂肪摂取の増加、交通機関の発達に伴う運動不足があります。
 しかし生活習慣病の発症に関係するのは生活習慣だけではありません。人種や民族によって有病率が異なることや同じ家系に疾患が多発することなどは、生活習慣病に遺伝子が関係することを示しています。例えば長年の生活や文化の違いから、農耕民族である日本人は牧畜民族である欧米白人よりもインスリンを分泌する力が弱く、糖尿病になりやすい傾向があります。
 遺伝情報はDNA上に組み込まれています。遺伝疾患の種類には一つの遺伝子の変化で起こる単因子遺伝と、複数の遺伝子の変化が重なって起こる多因子遺伝の二つのタイプがあります。単因子遺伝には優性遺伝、劣性遺伝、伴性遺伝、母系遺伝があり、血友病などがその例で、原因となる遺伝子を疾患遺伝子といいます。それに対し大多数の糖尿病や高血圧は一つの遺伝子の変化だけでは発症しません。他の多くの遺伝子の異常や環境因子が関与し合い発症するため、原因となる遺伝子を見つけるのは容易なことではありません。この原因となる遺伝子を疾患感受性遺伝子と呼びます。
 
   ◆肥満や糖尿病、倹約遺伝子が誘発
   糖尿病はインスリンの分泌不足やインスリンの効きが悪くなるインスリン抵抗性のため、血糖値が上昇し発症します。日本人の糖尿病の9割以上は生活習慣が引き金となる2型糖尿病です。単因子遺伝の糖尿病はごく小数で、ほとんどは複数の疾患感受性遺伝子を持つ人に、食べ過ぎ、飲み過ぎ、運動不足、肥満、ストレスなどの環境因子が加わって発症する多因子遺伝です。高脂肪食をとるとインスリンが効きにくくなるPPARγ遺伝子異常、脂肪細胞から分泌されて本来ならインスリン感受性を高めるアディポネクチンの遺伝子異常などがあります。エネルギー消費にかかわるβ3アドレナリン受容体遺伝子の異常は、アメリカのピマ・インディアンや日本人に多く見られ、基礎代謝が低下するため肥満になりやすいのです。これらは倹約遺伝子と呼ばれ、本来は人類の長い飢餓時代に少ない食糧でも効率良く脂肪として蓄え生き延びるための遺伝子なのですが、飽食の現代では肥満や糖尿病を誘発する遺伝子となっているのです。摂食行動を抑制するレプチンの遺伝子異常では食欲を抑えられず肥満となってしまいます。高血圧では疾患感受性遺伝子の種類によって、食塩のとりすぎで血圧が上がる人とそうでない人に分かれることがわかってきました。
 遺伝子は人間の設計図といわれています。これをすべて解読しようというのがヒトゲノムプロジェクトで、2000年にはヒトの全ゲノム遺伝子の概要版が発表されました。これを受けて厚生労働省が打ち出したのがミレニアムプロジェクトで、糖尿病、高血圧、癌などの遺伝子を解析してそれに合わせた対策を立てようというものです。将来は同じ疾患でも個人の遺伝子の特徴に合わせて成因や治療薬の効果、副作用が異なることを考慮し、診断や治療、予防を行うオーダーメイド医療の時代になることが考えられます。遺伝子解析により医療は新たな局面を迎えているといえるでしょう。